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選びぬいたそばの味わい
〜殿上人に愛された白いそば〜
そばの実は黒っぽい。そのため黒いそばほど、 そば粉の割合が多いと思われがち。しかし、 それは製粉技術の拙かった昔の話で、今は白いそばの方が上質です。
もともと殿上人への献上品であった、田毎のみそぎそばは極上の白いそば。 一粒のそばの実より、ごく僅かしかとれない一番粉から誕生します。 |
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文明とともに開けたそばの事始
日本人はいつ頃から、そばを食べていたのでしょうか。そばに関する最も古い文献は「続日本記」。
それには、養老六年(722)の勅論に「宜しく天下の国司に令して、百姓に勧課して、晩禾、蕎麦及び小麦を植ゑ、蔵置貯蔵して、以て年荒に備へしむべし」とあります。つまり、稲の生長が良くないのでそばを植えて、不作の年に備えたというわけです。早くもそばは奈良朝以前から栽培され、王朝の時代には備荒食糧として重宝がられていたようです。そばは寒冷な荒地でも育つので、比叡山などの厳しい風土の霊山にも植えられ、僧の食事にもなりました。また修験者には修行の旅に立つ時、そばを携帯したと言われています。食物のない山などでは、一握りのそばを谷水で研いで、飢えをしのいだのでした。
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願いをこめて、そばの縁起
〜そばへの思い、かくもいとしく〜
そばの効用の一つとして体内の汚れを取ると言われてきました。そのためなのか、そばには清め、祓いの意味もあるようです。すでに江戸時代の文献に顔を出す引越しそば、棟上げそばや年越そばには、新しい門出の祈りがこめられているとも感じられます。一方、金箔を伸ばしたり金粉を寄せるのにそば粉が使われていたことから、商売繁盛を願う商家の晦日そばが生まれ、さらに興行の大入祝いのそばともなったとか。長いそばに縁起をかついで寿命そば、また切れやすいそばにあやかって縁切そば。縁起そばの長い歴史をひもとくと、日本人の切なる願いが現れます。
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当節のそばは「そばきり」
〜そばきりの登場、田毎の誕生〜
今日わたしたちが食するそばは「そばきりです。そばが備荒食糧であった時代、食法はおそらく粉をひいて熱湯をかけた「そばがき」か、そば粉のまま炊いた「そば飯」、または「そば団子」だったと思われます。そばきりの発祥をおしはかれば、室町・桃山時代。文献によると、大阪築城に集まった人々を相手に、大繁盛したそば屋があったと記されています。いつの頃からかそばの味覚が江戸の風土に合って、江戸時代にそばの爛熟機を迎えました。時は流れて明治元年、京都三条の地で開業した田毎では、江戸の趣とはひと味違った、都風のそばの創作を始めることになったのです。
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田毎のそばつゆは京好み
〜関西のコク、関東のキレ〜
食文化の進んだ現代において、関西風そば、関東風そばとわけるのは難しくなってきました。おおよその違いということで、そばつゆならだしの混合の差異が挙げられます。関東では鯖または鰹一本、関西は本鰹を中心に潤目鰯や鯖、めじかを加えます。どちらかと言うと、味のコクを求める関西に対して、関東は味のキレ。普通、つけ汁は関東、かけ汁は関西と言われています。京料理のだしの取り方に学び、昆布を少し煮立ててから取り出します。いくつもの材料よりだしを採ることにより、奥行きの深いそばつゆを作っています。そばつゆのことを、汁ともだしとも言いますが、当店ではあくまでもつゆ。「露」という文字の清々しさが、京風そばには一番似合うからです。
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そばの栄養、そば湯の効用
〜お酒の後にも、そばで健やか〜
そばは昔から胃腸の働きを鍛えるほか、腹痛や発熱の時にもよいとされています。含水炭素や粗蛋白の多いそばは、ビタミンBも豊富という栄養食。ビタミンB群の一つコリンは、肝臓に脂肪のたまるのを防ぎ、ガンや肝硬変の発生を予防する働きもあるとか。だから飲酒の後にそばを食べるのは、理にかなっているのです。またそば湯には、美肌をつくるシスチン、脚気予防のビタミンB1、脳出血によいルチンなどがいっぱい含まれています。食後の楽しみの一つそば湯を、田毎では健康のためにもおすすめしています。 |
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